先生のご紹介
1972年早稲田大学法学部卒業。San Francisco State College, Madrid University留学。米国と欧州にそれぞれ2年間生活して交友と見聞を広める。商社、メーカーなどでプロジェクトマネジャーなどを経験。「中小企業診断士」取得を機にコンサルティング・ファームで活動する機会を得る。伊藤忠ビジネスコンサルティング(株)の組織戦略推進部長を経て、1996年(社)中部産業連盟(トヨタグループ200社余などが会員企業)に入職し東京本部プロジェクト開発室長を歴任。2010年1月に(株)マネジメント21を設立、代表取締役になる。
管理職のためのリスクマネジメント
真部先生:リスクマネジメントをわかりやすく理解していただくために、リスクマネジメント実践の手順を遠距離恋愛に例えながら話したいと思います。
リスク特定やリスク分析など、遠距離恋愛をしているといろいろとリスクがあるわけなんですが、遠距離恋愛をすると3カ月くらいで約3割も別れてしまうんです。
その時にどんなリスクがあるのかというと、恋人と離れているので信頼関係を築きづらく、問題になります。ほかには、連絡をマメに取っているか・取っていないかもリスクのひとつです。最後は相手以外に夢中になれるモノを作っているかどうかですね。
受講生代表:人ではなくてモノなんですね。
真部先生:人ではダメです(笑)。
遠距離恋愛ではこういったリスクが出てくるわけです。これらのリスクの予防的対策をするには、信頼関係を築くためにマメに連絡をとることが大切ですね。一方で信頼関係が危なくなっているという発見的対策をするには、恋人と会ったときにいろいろ確認して、「危ない状況かもしれない」と発見できる可能性があるので、「恋人に会う」という機会を作ることが発見的対策になります。
また、恋人と離れていると誤解を招きやすいです。事前に考えるのは難しいですが、この誤解を解くことが「突発的対策」になります。
今度は「モニターリング」と「評価」を考えます。これは「有効性評価」です。さきほどの「予防的対策」ができていたのかを「有効性評価」します。たとえば恋人同士のイベントには、誕生日やクリスマス、バレンタインデーなどがあり、そのときにお互いの心遣いやプレゼントの内容を「有効性評価」し、「これは“ヤバい”」と判断した場合は、「継続的改善」をします。
「継続的改善」をするときには、当初よりも時間が経っているので「リスク特定」と「リスク分析」、「リスク評価」、「リスク対応」をやり直す必要があります。
受講生代表:授業に寄せられたコメントを見ると「リスクマネジメントと聞くと、重苦しく感じますが、遠距離恋愛の例で聞くと身近に感じます」とあるので、非常にわかりやすいと感じてもらえているようです。
真部先生:では、次は「リスクマトリックス」について説明します。これは必ず作るようにしてください。
現在管理職の方やこれから管理職になる方は、任せられた部署や人を会社としての目的・目標を達成しなければなりません。しかし達成するためには、思いがけないことがいっぱい起こります。それらを事前に予測しておくために、「リスクマトリックス」が必要です。
縦軸の「影響度」とは、「どのくらいの金額を被るか」という金額で表すものです。「影響度」が非常に高いものが「3」、まあまあ高いものが「2」、それほど高くないものが「1」となります。
横軸の「発生可能性」は、「どのくらいリスクが発生する可能性があるか」というものです。「3」はよく起こる、「2」はまあまあ起こる、「1」はまれに起こると判断します。
これが「リスクマトリックス」または「リスクマップ」と呼ばれるものです。限られた時間とコストのなかで、阻害要因を見つけ、対応すべきリスクを特定するために使用します。
受講生代表:では、次に「リスクマネジメント」の傾向について考えます。みなさんには、どのような傾向があるのでしょうか?
真部先生:ご自身がどのようなタイプか知っておいていただく必要があります。まずは下の画像を見てください。
「Rタイプ」はリスクマネジメントをしている方で、「Zタイプ」はリスクマネジメントをまったくしていない方です。「Rタイプ」は外出前に天気予報を確認し、携帯用の傘を用意して、雨が振り出しても濡れません。一方で「Zタイプ」は天気予報を確認しないので携帯用傘を持ち歩かず、雨が降りだしたらコンビニに駆け込んで傘を購入します。
このように分かれているので、まずはグラフを見て、ご自身のタイプを考えてみてください。
「Rタイプ」 の方は、被害を最小化して、リスクを離脱しています。雨にも濡れず、雷にも遭いません。ところが「Zタイプ」の方は、傘も買えず、雨に濡れて雷にも遭ってしまう。被害をたっぷり被り、リスクに翻弄されてしまいます。
今回は日常生活の事例を取り上げましたが、これは仕事でも同じような傾向が見られるので、一度判断してください。
受講生代表:では、次からは「日常管理でよくある問題への対応」をお願いします。
真部先生:アメリカの損保会社の技術調査部長・ハインリッヒが調査した「ハインリッヒの法則」というものがあります。彼がとった統計によると、ひとつ大事故があると、その裏には29件の軽微な事故があり、さらにヒヤリ・ハットは300件あるそうです。このデータを基本にしてJALやANAなどはいろいろと分析しています。
事故分析は必ず実施して、さらに事故の未然防止として、ヒヤリ・ハットを見なければなりません。ヒヤリ・ハットは安全のことでよく言われていますが、ここでは「危ない行動をやった」、「危ない状態を作った」ということが出てきます。これらは「不安全行動」といい、車で例えると「無謀運転をした」が該当します。それから「不安全状態」というのは、「車を点検しておくべきなのにしてなかった」という状態です。
上記を踏まえたうえで、今回の受講対象である管理職または管理職になる方に、だいたい共通する問題のひとつの「部下の早退、欠勤」についてお話します。
「リスク特定」を「育児や介護のために社員が早退」にすると、「リスク分析」は
「育児や介護予定を社員からヒアリング、話し合い」になります。社員に休まれると大変なので「影響度」は「3」にし、「発生可能性」は起こりえるので「2」とします。これを掛け算すると「6」となり、「大きさ」は「A 特大」です。「職場に育児や要介護責任者が複数いる」ことを「備考」に書きます。
次の「リスク特定」が「通院や入院で一部社員が欠勤」となると、「リスク分析」は「通院や入院の届け出、病歴」で、「影響度」は「2」、「発生可能性」も「2」とし、「大きさ」は「B 大」です。「備考」は「職場で健康管理の指導中」でこれはあまり取り上げる必要はなさそうと判断できます。
3番目の「リスク特定」は「インフルエンザ流行で複数社員が欠勤し長期化」です。「過去のインフルエンザ流行時の対処記録」を情報として調べると、「影響度」も「発生可能性」も高くなることがわかります。さらに、「備考」は「長期予報で寒波襲来の恐れがある」になり、大きなリスクになる可能性があります。
これを元に対策を考えてみましょう。
対策は「予防的対策」と「発見的対策」、「突発時対策」の3つを考えていただきます。
社員が早退することがよく起こるとなると、早退したあとの仕事がどうなるのか、電話を打ち切ることはできないので、社員やパートの多能化を進め、代替要員を育成しておくことが「予防的対策」の1番になります。これを実現するためには、作業・業務フロー分析で、該当業務を標準化しなければなりません。
次に「発見的対策」では週次ミーティングで該当者の有無を確認する、「突発時対策」では部署間で調整し、代替要員をシフトするという流れになります。下段のインフルエンザも同じような考え方ですね。
さきほど多能化を進めると説明しましたが、多能化をするためには作業・業務フロー図から作業・業務標準書を作る必要があります。
「業務フロー図」では、受注から出荷までの業務全体の部署間の仕事の流れ、ステップの明確化をします。次の「作業フロー図」では、たとえば土台工事があり、挨拶から始まり、フォークリフトをとってくるかなどの項目が考えられ、作業が始まります。
この「作業フロー図」内の作業の手順やポイントを抜き出したものが「作業・業務の標準書」になります。
これらを作成して多能化を進めますが、「多能化育成のためのスキルマップ」というものもあります。
このマップには「固有技術(業務・作業)」と「管理技術(改善)」の2つがあり、両方とも社員に身に付けていただくためのものです。
例えば安部さんの場合は、「A業務」は現状「②一人でできる」ですが、機械の故障にも対応できるように「③異常に対応できる」になってもらわなければなりません。「B業務」や「5S」なども同様に、それぞれスキルアップを目指します。
「多能化育成のためのスキルマップ」は社内などに貼りだして使ってください。
かいせつ先輩
管理職しているまたは管理職を目指しているみなさん、リスクマネジメントについて理解できましたか? まずは自分が「Rタイプ」なのか「Zタイプ」なのかを見極めて、効果的なリスクマネジメントを身に付けられるようスキルアップしましょう!
サプライチェーンリスクマネジメント 世界における動向
■サプライチェーンを取り巻く動向
「サプライチェーン」とは、資材や部品の調達から製品を最終消費者に届けるまでの調達・生産・販売・物流といった業務の流れを、1つの大きな「供給(サプライ)の鎖(チェーン)」としてとらえたもの。鎖は、1つ1つの輪がきちんとしていてはじめて機能する。たとえ1つでも輪が欠ければ、鎖は切れてしまい、吊るしてあるものが一緒に落ちてしまう。サプライチェーン・マネジメントとは、サプライチェーンの情報、物品、資金の流れをマネジメントすることで、市場の環境変化に対して全体を迅速に対応させ最適化させることを目的としている。
■サプライチェーンの途絶
サプライチェーンの途絶を経験した800社近い企業を調査した北米のレポート(Kevin B. Hendricks、Vinod R. Singhal:2010年8月)によると、途絶による長期的な影響は、株式の投資利回りが市場平均に比べて3−4割低くなり、また投資家の信頼感を損ねて、株価の変動が増大してしまうようだ。それに伴い営業利益率も大きく低下し、その影響は最低でも2年以上にわたるということが示されている。サプライチェーンの途絶は相当以上に決算上にマイナスの影響を及ぼすということだ。さらに、取引先や一般消費者からの信頼を傷つけ、ブランド価値を毀損することにもなりかねない。
■BCPと事業中断リスク
政府は2005年から10年間で地震による国内の経済被害を半減させようという取り組みを行っている。地震防災戦略を立てている地域については、大企業のほぼすべて、中堅企業でも過半がBCP(事業継続計画)を策定することが目標。最近では取引先からBCPの策定を要請される企業も増えてきているようだ。BCM(事業継続マネジメント)の国際標準化の動きも進んでおり、国際取引でBCMが要請されるケースの増加が見込まれる。
■事業中断による損害
例えば化学工場で大きな爆発事故があったとして近隣にも被害が及んだ場合、影響は自社にとどまらず従業員、取引先、自社製品の納入先、あるいは株主や債権者、さらに社会全体にも及ぶ。事故を起こした企業には、自社の工場機械設備などの財物損害のほか、工場の休止による損害、さらに近隣住民などが被った損害に対する賠償責任、従業員に対する賠償責任、そして取引先に対する賠償責任などが求められる。そのほかにも信頼の失墜や社会からのイメージダウンが想定される。事業中断に起因する損害はそれだけ大きいということだ。
■休業損失を補償する保険
事業中断によって発生した休業損失を補償する保険がある。この保険は、事故がなければ得られたであろう営業利益と、事故の有無に関わらず要する経常費(従業員の人件費等)を支払うことで、休業による損失をカバーしようというもの。物が壊れたときの損害の額は、復旧費や修理費などとしてイメージしやすいが、休業損失は若干、抽象的な概念と言える。
■サプライチェーンと仕入先・納品先物件等の敷地外物件を補償する特約
しかし、この保険は自社の事業上の敷地内で起きた事故を対象としている。サプライチェーンの途絶の場合は、自社の敷地外で発生するので、サプライチェーンのリスクマネジメントという観点からは通常の休業損失を補償する保険だけでは不十分ということになる。この損失に備えるためには、仕入先・納品先物件等の敷地外物件を補償する特約を付帯する必要がある。自社への原材料の供給者や自社製品の供給先の工場・施設が罹災したために、自社の事業が中断・阻害されたことによって生じる休業損失について補償するものだ。
世界におけるSCRMの動向
サプライチェーン・リスクマネジメント
東京海上日動リスクコンサルティング株式会社
ビジネスリスク事業部 リスクマネジメントとは BCM第一グループ グループリーダー 青地忠浩氏
■サプライチェーン・リスクマネジメント
SCRM(サプライチェーン・リスクマネジメント)は、サプライチェーンに関わるリスクを体系的に特定・分析し、対処するためのプロセスをいう。基本的にはサプライチェーンのすべての側面におけるリスクを対象とし、サプライチェーン・ネットワークの設計、そのルールづくり、リスク対策およびリスクが顕在化したときの対処方法を含め「サプライチェーン・リスク戦略」を構築する。
■製薬企業の製造・販売におけるサプライチェーンのモデル例
例えば、製薬企業の事業の流れを見ると、原材料、パルプ、間接資材などを購入して、製薬会社が薬を加工・出荷し、医薬品卸業者を通じて病院などの医療機関に届けられる。その医薬品情報はMR(メディカル・リプレゼンタティブ)やドラックインフォメーションセンターなどを通じて医師や患者に届けられる。
■SCMからSCRMへ
製造業ではサプライチェーン・マネジメント「SCM」が実践されているが、効果的な取り組みにするためには、リスクマネジメントを組み込むことが重要だ。SCRMの目的は、サプライチェーン・リスク戦略を策定、実行し、サプライヤーからの流れがスムーズでサプライチェーンが期待通りに稼動することを確実にすること、そしてサプライチェーン・リスクに関する社会および取引先、契約、法律・規則などからの要請を満たすことにある。
■SCRMの動向
べリングポイント社が行ったグローバル企業300社超を対象にしたアンケート(2009年)の結果を見ると、欧米ではSCRMの体系的な取り組みが少しずつ進んでいることが分かる。対象とする領域を絞り込んだり、優先順位をつけて取り組むケースもある。検討対象領域は、原料あるいは部品の調達に関わる部分、インバウンド・ロジスティクス、需要変動などのリスクを踏まえた需給計画あるいは販売計画などの取り組みが比較的進んでいるといえる。一方で新製品の設計に関わる部分、あるいは商品の返品や再生資源の回収などリバース・ロジスティクスについては取り組みが遅れている。
■サプライチェーン・マネジメントの位置づけ
非営利組織SCC(Supply Chain Council)が開発したビジネスプロセスの参照モデルであるSCOR(Supply Chain Operations Reference Model)は、業界横断でビジネスプロセスの改革、ベンチマーキングなどの分析を行うために公開されたもので、サプライチェーンに関する標準言語のようなもの。2008年にバージョン9.0にリスクマネジメントのプロセスが追加された。このモデルによるSCRMの定義は、物流ネットワークのパフォーマンスに対する負のインパクトの低減を目的として、潜在的なリスクを体系的に特定し、評価して軽減することとしている。そのパフォーマンスは信頼性、応答性、機敏性、コスト、試算管理を指標にしている。現状では欧米が主導しているが、今後は日本企業も対応が求められることになるだろう。
■レジリエンシーを高める
サプライチェーンの被災により影響を受けた事例はいろいろあるが、大切なことは、一連の対応を記録し、結果を評価して継続的に改善していくこと。サプライチェーンに関係するすべてのリスクに対応することは非常に難しい。リスクを特定し、分析・評価を行い、優先順位をつけて対応することがポイント。その上で、リスク戦略を策定し、レジリエンシー(復元力)を高めるサプライチェーン設計を考えることが重要だ。
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